2019年8月23日金曜日

老猫

去年の冬頃の話です。

家族が猫好きなのは小さい頃僕が子猫を拾ってきたからだと思う。
家族全員に懐いていたが、親にちゃんと世話をしなさいと言われたこともあり率先して世話をしていた僕に一番懐いていた。
就職し実家を離れることになり、他界した祖父の家で空家だった家をリフォームしそこで一人暮らしをする事になった。
半年経ち、実家では母が怪我をした野良猫を連れてきて飼うことになった。
二匹仲良くはあるが、一軒家で一人暮らしの僕によく懐いていた前の猫を飼ってみてはどうかと言う話になった。
僕は快諾して前の猫を引き取った。

猫は序所に新しい家に慣れていった。
風呂場の小さな窓を開けておき、いつでも出入りできるようにしておいた。
3日に一回ぐらいは僕の帰りを玄関や外で待っていてくれた。
猫も拾ってから20年近くたち老猫になった。
ご飯も少ししか食べなくなった。
冬になりあまり外にも出なくなった。
ご飯を食べない日が続き、病気かもしれないと思い病院に連れて行った。
20歳と聞いて獣医も少し驚いていた。
病気ではなく老衰だと云うことだった。
点滴を打ち様子を見ることした。
それでも冬を越せばまた元気になるかもしれないと思いご飯を食べない日が続けば点滴を打ちに病院に行った。
ご飯をまったく食べなくなり、仕事から帰って玄関でまってくれている猫を病院に連れて行くという日が続いた。
費用も嵩み、親や病院の先生からも老衰ならば仕方ないのではないかと言われていた。僕もそれはなんとなくわかっていた。
病院に行くのを止め、仕事から帰ったら鼻の頭にミルクを一滴づつつけ舐めさせた。

いつものように仕事から帰ると玄関で猫が待っていた。
いつものようにコタツの布団の上の自分の席に猫が歩いていくとそこにもう一匹の猫が寝ていた。
玄関から歩いてきた猫は寝ている猫と同じ場所に行き同じ格好をして寝た。
僕は涙が溢れてきた。
猫の隣で僕も寝て、猫に腕枕をして頭を撫ぜた。
少し「ゴロゴロ」と言った。
そして少ししたら「フッ」と息を吐いた。
一時間ぐらいそのままにしていたが、親に電話して泣きながら猫が死んだことを話した。

2019年8月18日日曜日

生活保護の悲劇

【日記に「おにぎり食べたい」 生活保護「辞退」男性死亡】

北九州市小倉北区の独り暮らしの男性(52)が自宅で亡くなり、
死後約1カ月たったとみられる状態で10日に見つかった。
男性は昨年末から一時生活保護を受けていたが、4月に「受給廃止」となっていた。
市によると、福祉事務所の勧めで男性が「働きます」と受給の辞退届を出した。
だが、男性が残していた日記には、そうした対応への不満がつづられ、
6月上旬の日付で「おにぎり食べたい」などと空腹や窮状を訴える言葉も
残されていたという。

市などによると、10日、男性宅の異変に気づいた住民らから
小倉北福祉事務所を通じて福岡県警小倉北署に通報があり、駆けつけた署員が
部屋の中で、一部ミイラ化した遺体を発見した。目立った外傷はなく、
事件の可能性は低いという。
 
男性は肝臓を害し、治療のために病院に通っていた。
市によると、昨年12月7日、福祉事務所に「病気で働けない」と生活保護を申請。
事務所からは「働けるが、手持ち金がなく、生活も窮迫している」と判断され、
同月26日から生活保護を受けることになった。
 
だが、今春、事務所が病気の調査をしたうえで男性と面談し、
「そろそろ働いてはどうか」などと勧めた。
これに対し男性は「では、働きます」と応じ、生活保護の辞退届を提出。
この結果、受給は4月10日付で打ち切られた。
この対応について男性は日記に「働けないのに働けと言われた」などと
記していたという。
 
その後も男性は働いていない様子だった。1カ月ほど前に男性に会った
周辺の住民によると、男性はやせ細って、「肝硬変になり、内臓にも
潰瘍(かいよう)が見つかってつらい」と話していたという。
 
小倉北区役所の常藤秀輝・保護1課長は「辞退届は本人が自発的に出したもの。
男性は生活保護制度を活用して再出発したモデルケースで、
対応に問題はなかったが、亡くなったことは非常に残念」と話している。
 
同市では05年1月、八幡東区で、介護保険の要介護認定を受けていた
独り暮らしの男性(当時68)が生活保護を認められずに孤独死していた。
 
06年5月には門司区で身体障害者の男性(当時56)が
ミイラ化した遺体で見つかった。この男性は2回にわたって生活保護を求めたが、
申請書すらもらえなかった。

2019年8月2日金曜日

小さな命を守って凍死

北海道を襲った暴風雪。車を捨てて歩き始めた父は、猛烈な地吹雪の中、たった一人の娘を守ろうと、10時間にわたって覆いかぶさるように抱きしめながら体温を奪われ命を落とした。

「大丈夫か」。3日午前7時すぎ、湧別町東の牧場用倉庫前で、雪の中に黒色の上着の一部を見つけた道警遠軽署員が大声を出した。
雪を払いのけると、同町の漁師、岡田幹男さん(53)が小学3年の長女夏音(なつね)さん(9)を両手で抱きかかえながら、うつぶせに倒れているのが見つかり、その胸の下にスキーウエア姿の夏音さんが泣きながら震えていた。
岡田さんは風が吹いていた北側に背を向けていたといい、夏音さんは低体温症ながら命に別条はなかったが、岡田さんは搬送先の病院で凍死が確認された。

同署によると、岡田さんは2日午後に夏音さんと一緒に知人宅に向かったが、同4時ごろ、携帯電話で「車が雪にはまり動けない。車を捨てて歩いて行く」と連絡があった。その後、
連絡が取れなくなった。車は同9時半ごろ、自宅から約1.5キロ西の道路脇の雪山に突っ込んだ状態で発見され、そこから約300メートル先の倉庫の前で2人は見つかった。
倉庫の50メートル先には民家があったが、吹雪で気づかなかったとみられる。

知人らによると、岡田さんは2年前に妻を亡くし、夏音さんと2人暮らし。近所の男性(51)は「一人娘をとにかく可愛がっていた。守りたい一心だったのでは」と話す。
別の知人によると、夏音さんは病院で「お父さんはどうなったんですか」としきりに気にする様子だったという。