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2021年2月3日水曜日

どっちがイジメか

ありゃ中2の時か、俺の生息地はとんでもないド田舎でな
小学校でイジメられてた俺は、そのままスライド式で
ほとんど面子が変わらない中学校に入学、そしてそのまま
いじめ強化だった。 ノートに死ねとか学校来るなとか
書かれた、余りにひどくて一度登校拒否になりかけた
でも親父に顔面ボコボコにされて泣きながら学校にいったよ
ある時期、王様ゲームが女子の間で流行して、休憩時間は
盛り上がってたらしいんだ、まぁ俺はずっと外を眺めてたが
ある時俺を突然女子が呼んだんだ、嫌な予感がしてたが
まぁ一応行った、そしたら女子Aが
「女子Bがお前に話したいことあるってさー」
まぁ女子Bはそこそこの顔だったと思う
でBが廊下のすみっこに俺を呼んで
で・・・何事かと思ったらいきなり
泣  き  出  し  た
そしてワラワラ出てくる女子集団
厨房に分かる嘲笑の嵐

まぁ要するに王様ゲームの罰ゲームで
キモメン筆頭の俺に告白するという
極悪ミッションを課せられたらしい女子B
その後は女子集団による謀略により
主犯格俺、以下被害者という構図ができあがり
クラス会でクラス全員の前でごめんなさいを
しました。
私は、加害者だったのですか?
被害者だとは誰も思わなかったようです

長文、乱文ごめん
誰かに伝えたかった

ーーーー

キモメンというのはこれほど不遇な扱いを受けるものなのですorz

こうちゃん

2018年1月21日日曜日

絵が上手だけど少し遅いA君

小学生のとき、少し足し算、引き算の計算や、会話のテンポが少し遅いA君がいた。
でも、絵が上手な子だった。
彼は、よく空の絵を描いた。
抜けるような色遣いには、子供心に驚嘆した。

担任のN先生は算数の時間、解けないと分かっているのに答えをその子に聞く。
冷や汗をかきながら、指を使って、ええと・ええと・と答えを出そうとする姿を周りの子供は笑う。
N先生は答えが出るまで、しつこく何度も言わせた。
私はN先生が大嫌いだった。

クラスもいつしか代わり、私たちが小学6年生になる前、N先生は違う学校へ転任することになったので、
全校集会で先生のお別れ会をやることになった。
生徒代表でお別れの言葉を言う人が必要になった。
先生に一番世話をやかせたのだから、A君が言え、と言い出したお馬鹿さんがいた。
お別れ会で一人立たされて、どもる姿を期待したのだ。

私は、A君の言葉を忘れない。

「ぼくを、普通の子と一緒に勉強させてくれて、ありがとうございました」

A君の感謝の言葉は10分以上にも及ぶ。
水彩絵の具の色の使い方を教えてくれたこと。
放課後つきっきりでそろばんを勉強させてくれたこと。
その間、おしゃべりをする子供はいませんでした。
N先生がぶるぶる震えながら、嗚咽をくいしばる声が、体育館に響いただけでした。

ALSになった同級生

大学のとき、高校の同級生の女の子がALSを発症した。
そう親しくもない子だったし、ALSってどんな病気かも知らなくて軽い気持ちで大学の近くにあったその病院に、ひまつぶしで見舞いに行っていた。
ある日彼女が、病室で言った。
「あたし処女のまま死ぬのってイヤだなあ、ねえ今度夜這いにこない?」
その晩実際に夜這いに行った俺を迎えた彼女は、病院の寝巻姿ではあったが髪はちゃんと整えてあり、うっすら化粧をして、下着も当時流行り始めたTバックだった。
行為そのものは少々やっかいで、彼女は自分で脚を開くこともできなかった。
彼女はわざとらしい喘ぎ声をあげて、なんとか無事終ることができた。
そのあと俺に寝巻きを着せてもらいながら、彼女は嗚咽していた。
翌日俺の実家に彼女の母親から、「息子さんの優しいお見舞いに感謝します。」と電話があったという。俺はまさかと思ったが、しばらくして戦慄した。
彼女はもう、起き上がることすらできない。トイレだって行けないからたぶんおむつの世話になっているはずだ。
では誰が?
彼女の髪をとかし整えてやったのか
彼女に薄化粧を施してやったのか
彼女のおむつを脱がし、流行りの下着をはかせてやったのか
それがわかったとき、嗚咽とはいかないが不覚にも涙が出てきた。

あれから8年、
彼女はもはや目も動かせない状態で今も闘病を続けているという

2018年1月20日土曜日

どの角度から見たらイケメンか

こんばんは、こうちゃんです。

これ、自分も言われそうで悲しいですが

---

鏡でどの角度から見たらイケメンか調べてた俺に
友達から「後ろから見たら一番キモくない」って言われた

---

これはリアルにありそうで悲しい
なんていうか怖いわけでないけど、切ない
言われたくないですね。

こうちゃん

2017年10月28日土曜日

飲み会

飲み会はぶられてたワロスwwww


無口・ネクラでバイトで嫌われる
   ↓
今日が飲み会の日
社交辞令で「来てほしいです」といわれる
   ↓
玉砕覚悟で思い切って行ってみる
   ↓
誰もいない
場所変わってた

---

なんつー悲しいおはなし

2017年10月3日火曜日

子供のやさしさ

中学校1年のときのこと
授業中に隣の席の女の子がおしっこ漏らしていました
女の子の席は一番後ろのはじだったので他には誰も気がついてない様子
僕はおもむろに席を立って無言で廊下へ
先生が後から追いかけてきたけど無視して手洗い場でバケツに水を汲むと教室に戻り
その女の子にぶっかけました
教室中大騒ぎになり、学校に両方の親まで呼ばれました
うちの親は相手の親に平謝り
なぜそんなことをしたのか問い詰められましたが
僕は結局最後まで口を割りませんでした
家に帰る途中で女の子が事実を親に話したらしく
お礼を言いにうちまで来ていました

時は過ぎて今その女の子は僕の奥さんです

2017年9月21日木曜日

メニューの漢字が読めない

20年前ぐらいの前の話

当時俺の家はいわゆる片親ってやつで、すげぇー貧乏だった。
子供3人養うために、かぁちゃんは夜も寝ないで働いてた。
それでもどん底だった・・・

俺は中学卒業してすぐ働きに出た。
死ぬほど働いた。遊んでる暇なんてなかった。

1年ぐらいして同級生に久しぶりに会った。
飯食いに行こうって話になった。
メニューの漢字・・・読めなかった。
読めたのは、一つだけカタカナで書いてあった「オムライス」だけ。
同級生は「焼きそばとごはん」って注文した。

無知な俺は「じゃあ俺はオムライスとごはん」って店員に言った。
店員、固まってた。
クスクスって笑い声も聞こえてきた。
そしたら同級生
「さっきのキャンセルね!!俺もオムライスとごはん!!」

・・・
店出た後、同級生が一言
「うまかったな」って言った。
「仕事がんばれよ」って言ってくれた。

泣けてきた
心の底から人に「ありがとう」って思った。
そいつは今でも親友です。

2017年5月12日金曜日

俺には可愛い彼女がいた

俺には可愛い彼女がいた
性格は素直でスタイルも良かったが周囲からは
「えwあの女と付き合ってるのwwwお幸せにw」とよく馬鹿にされた

彼女は頭が非常に弱かった
高校を中退し、通信制の学校を4年かけてやっと卒業、まともな職にもつけず
派遣会社で毎日を繋ぐどうしようもない女
おまけに中学時代から周りの男に騙されては性欲処理に使われていた
友人の紹介で彼女と付き合い始めたのだが、これは、彼女が妊娠しても俺に責任を押し付けられるという算段があっての事だったらしい

付き合って1年は仲良く過ごしたがやはり彼女といるのが恥ずかしくなっていった
周りの目を気にしていたのは言うまでも無い
彼女は俺に甘えたり、俺の気を引こうとしていたがそれも逆にウザく感じるようになった
大学で良い結果が出せないことでイライラしていた俺は彼女に冷たくするようになった

ある日胃腸炎で寝込んだ俺の家に彼女が来る事になった
嫌な予感はしていたが全く予感は的中した
皿は割る、洗剤はこぼす、まだ乾いてない洗濯物をベッドに放り込む、お粥は煮えすぎて不味い

極めつけは、俺が大事にしていたエンタープライズ(戦艦)のプラモをぶっ壊したことだ
棚を掃除しようとして落っことしてしまったらしい
俺は完全にキレた
「もう、何やってんだよ!!死ね!帰れ!」と叫び彼女を突き飛ばした
彼女は泣きながら「ごめんね」とつぶやいて玄関に消えていった

それから一週間後、彼女は交通事故に遭った
連絡を受けて病室に入ると、医者が「ご家族の方ですか?」と言ってきた
俺は首を横に振った
「お友達?良かった、家族の方と連絡が取れなくて困ってたんです」
そう言って医者は彼女の酸素マスクを取って一言残して部屋を出て行った
「手を尽くしましたが今夜が最後です」

どれだけ時間が経っただろうか、深夜になり彼女が目を覚ました
崩れてゼリー状になった目から血が混じった涙がこぼれた

「ゆう君(←俺)・・・」
彼女は俺の手を握った
もう、握るというほどの力も無かったが

「・・ゆう君のこと考えてたら・・・私、信号見てなくて・・・」
彼女の息が荒くなった
「・・・・ゆう君の家、また行っていい?仲直り・・」
「いつでも来いよ・・元気になったら」
彼女はニコっと笑った
「・・・ゆう君・・」
「料理も掃除も教えてやる。でもその前に怪我治せ・・・おい!」
彼女は死んでいた

その後のことは良く覚えていない
医者と看護士が慌しく入ってきて死亡判断?のような事をやっているのを眺めていた
そして気がついたら彼女は棺桶に入っていた
のろのろと病院に来た家族の人たちは冷めた表情だった
葬式も告別式も身全てが事務的だった
悲しんでる人はいなかった
「ああめんどくさい」と愚痴るやつもいたと思う

後日、家族の人に頼まれて彼女の家を整理しに行った
古ぼけたアパートで部屋も狭かった
相当質素な生活をしていただろう
机に日記帳があったので開けてみると下手な字で俺との出来事が書き込まれていた
日付は交通事故の前日で止まっていた
涙が止まらなかった

「ゆう君の大せつなエンターぷラいずをぷラモデルやさんでつくった
みせの人にてつだってもらったけどじょうずにできたかな
あしたはこれをもってゆう君のいえにゆこう
おかゆもそうじもれんしゅうしたから
ゆう君は、よろこんでほしいな」

今、彼女の墓は吉祥寺にある
もし願い事が一つ叶うなら、この愚かな俺に、もう一度彼女を会わせて欲しい

2016年7月22日金曜日

リョータありがと

Saga2は思い出のソフトなんだ……今でもよく思いだしては切なくなってます。

俺さ、産まれた時から酷い小児喘息だったのよ。
夜中にかーちゃん起こして病院連れてってもらうなんてしょっちゅうだったし、
小学校あがって更に病状が悪くなって。もちろん体育なんかでれないし、
みんなと外で遊ぶ事すらできなかった。

んで、小五になってからほぼ毎日病院行って吸入するくらいまで悪化しちゃって、
そのまま3週間入院する事になって。。。

んでね、そん時4人部屋の病室だったんだけど
二人はおばあちゃんとおじさん、んでもう一人は俺と同い年くらいの女の子だった。
俺、昔からすげぇ人見知りが激しい上に物凄い照れ屋で、
なかなかその同室の人達と仲良くなれないで
一人で勉強してるかゲームボーイやってるかだったのよ。
そん時家から持ってきたソフトが「Saga2」で、もう一回クリアしたやつだったんだけど
ヒマだしもっかいやるかな、って毎日やってたワケさ。

んで入院して一週間立った頃、俺がゲームボーイやってる時は
なんかその同室の女の子がじーっとこっち見てる事に気づいたんよ。
俺が彼女の方みると慌てて目逸らすんだけどね。
もしかしてやってみたいのかな?と思って、「良かったらコレ借そうか?」って聞いたのよ。
そしたら目ぇ輝かせて「いいの?」っていうもんだから、
「もう飽きたからな」とか照れ隠しして借してあげたさ。

でも案の定操作が分からないらしく、画面とずっとにらめっこしてるもんだから
俺が操作教えながら一緒にゲーム進めることにしたんよ。
パーティーは人間・男の主人公「リョータ(俺の名前)」で、
仲間は人間・女「さやか(彼女の名前)」
あとはエスパーガールとロボットにそれぞれ同室のばあちゃんとおじさんの名前つけたっけ。

それからどんどんそのコと仲良くなって、二人でゲームボーイやるだけじゃなく、
色んな話もするようになった。
学校の事、家族の事、好きな音楽の事、近くに迫った夏休みの事…

それからの時間はあっという間だった。すぐに俺が退院する時がやってきた。
看護婦や同室のおじさん、ばあちゃん達が口々に「おめでとう」って言ってくれてる中
彼女だけ泣いてた。それ見て俺も泣きそうになったさ。でもグッと堪えて
「オマエ退院するまでコレ借してやるよ。退院したら連絡くれよな」って
そのままゲームボーイとSaga2置いていったのよ。

それから何回もお見舞しに行こうと思った。
…でもいざ行こうかと思うとなんか照れくさくて行けなかった。
連絡がないまま1年半が過ぎて、俺も小学校を卒業する頃になった。
せめて卒業前にもう1度会っておきたいな、と思って意を決してお見舞に行く事にしたんよ

病室に行ったけど彼女はいなかった。病室入口の名前欄にもない。
もうとっくに退院してたのかな…?と思ってとりあえずナースセンターで聞いてみた。

「遠い所にいった」とかうまくはぐらかされたけど、俺も小6だったし、そこまでバカじゃない。
その場の空気や後ろの看護婦が泣き出したのを見ても明らかだった。
俺がショック状態で呆然としてる中、その看護婦が
「ああ、そういえばさやかちゃんから、リョータ君が来たら渡しといて、
って言われた物があるのよ」 と言って俺にそれを渡してくれた。
借してあげたゲームボーイとSaga2だった。

俺はそれを受けとって家に帰った。
帰るなりメシも食わないで、暗い自分の部屋でゲームボーイのスイッチを入れた。
懐かしいあのOPの音楽。それと一緒にでてくるロード画面。
一つは彼女と俺が一緒にプレイしたデータ。あの時からほとんど変わってない。
懐かしさと悲しさで胸がいっぱいになった

もう一つのデータはやたらレベルの低いデータだった。
最初から始めてすぐ飽きたんかな?と思ってそのデータをロードしてみた。

パーティー四人の名前がこうなっていた。

「リョータ」

「いろいろ」

「ありがと」

「バイバイ」

…今でもSaga2のOPの曲を聞くと涙が出るよ。
お見舞行ってあげられなくてゴメンな…。

2016年4月21日木曜日

ベトナム少年から少女へ輸血

あるベトナムの村に宣教師たちの運営する孤児院がありましたが、爆撃を受けてしまいました。
宣教師達と2人の子供達が即死し、その他の者も重傷を負いました。
重傷になったものたちの中でも8才の女の子は最も危ない状態でした。
無線で助けを求めると、しばらくしてアメリカ海軍の医者と看護婦が到着しました。
大量に出血したことにより危ない状態にあり、早く手当をしないと少女は命を落とすことになります。
輸血が必要でした。しかしどうやってそれを行うことができるというのでしょうか。
言葉が通じないため、ジェスチャーを使って子供達を集め、何がおきていたのかを説明し、
誰かが血液を提供することが必要であることを伝えようとしました。
沈黙の時間がしばらく続いた後、一本の細い腕が恐る恐るあがりました。
ヘングという名の少年でした。
急いで少年の準備をすると、苦しむ少女の隣に寝かせ、輸血ようの管をとりつけました。
少年は黙ったまま天井をじっと見つめていました。
しばらくすると、少年は自由になっている手で顔を覆うと、しゃくりあげるように泣いているのでした。
医師がどこか痛いのかと尋ねるとそうではないようでした。
しかし、しばらくするとまた、しゃくりあげ、今度は大粒の涙をこぼしていました。
医師は気になり、再び尋ねましたが、またもや彼は否定しました。
ときどきしゃくりあげていたのが、やがて静かに泣き出しました。
明らかに何かが間違っているようでした。
すると別の村からベトナム人の看護婦が現れました。
医師はその看護婦にヘングに何が起きたのか尋ねてくれるように頼みました。
すると少年の苦しそうな表情はゆるみ、しばらくすると彼の顔は再び平静を取り戻しました。
すると看護婦はアメリカ人の医師達に説明しました。
「彼はもう自分が死ぬのかと思っていたんです。あなた達が説明したことを理解しておらず、少女を助けるため、全ての 血液を提供しなければいけないと思ったようです。」
すると医師はベトナム人看護婦の助けを借り、少年にきいてみました。
「そうであればどうしてあなたは血液を提供しようと決心したんですか。」
すると少年は単純に応えました。

「あの子はぼくの友達なんです。」

2016年2月12日金曜日

メロンのカップで親友と結んだ盃の契り

小学校6年くらいの時の事
親友と、先生の資料整理の手伝いをしていた時、
親友が「アッ」と小さく叫んだのでそちらを見たら、名簿の私の名前の後ろに『養女』と書いてあった。
その時まで実の両親だと思っていたので心底衝撃を受けた。
帰り道、どんな顔で家に帰っていいか分からず、
公園のブランコに座って立てなくなった私に、親友はずっと付き添っていてくれ、
「よし、じゃあ私と姉妹の盃を交そう」とか言って、
カバンからメロンのアイスの容器(メロンの形のやつ)を出して、水道の水をくんで飲んだ。
一体何のテレビを見たのか、「盃の契りは血のつながりより強いんだよっ」なんて
メロンのカップ片手に言う親友がおかしくて、思わず泣きながら笑いあった。
十数年たって私が結婚する事になり、結婚直前に二人で酒でも飲む事にした。
『あの時はありがとう』と、驚かそうと思って、あの時もらったメロンのカップを
カバンにこっそり忍ばせて飲んでたら、突然親友がポロポロ泣き出して
「あの時、あの時、気付かせてしまってごめんね」と。
『養女』の文字を隠さなかった事をずっとずっと悔やんでいたと泣いた。
そんな事、反抗期に親に反発しそうな時も、進学の学費面で親に言えなくて悩んだ時も、
机の上でメロンのカップが見守っていてくれたから、
あなたがいてくれたからやってこれたんだと伝えたかったのに、
ダーダー涙流しながらダミ声でドラえもんのように「ごれ゛ぇ~」とメロンのカップを出すしかできなかった。
親友もダーダー涙流しながら「あ゛~ぞれ゛ぇ!」と言って、お互い笑って泣いて、酒を酌んだ。
もちろんメロンのカップで。
もうすぐ親友の結婚式があるので思い出した。


---

しんみりくる子供の友情でいいですよね。


燃えPaPa

2015年11月20日金曜日

2人の末期ガンの患者

ある病室に2人の末期ガンの患者が入院していた。一人は窓側のベッド、もう一人はドア側のベッド。
2人とも寝たきりの状態だったが、窓際のベッドの男はドア側のベッドの男に窓の外の様子を話してあげていた。

「今日は雲一つない青空だ。」
「桜の花がさいたよ。」
「ツバメが巣を作ったんだ。」

そんな会話のおかげで死を間近に控えながらも2人は穏やかに過ごしていた。

ある晩、窓際のベッドの男の様態が急変した。自分でナースコールも出来ないようだ。
ドア側の男はナースコールに手を伸ばした。が、ボタンを押す手をとめた。

「もしあいつが死んだら、自分が窓からの景色を直接見れる・・・」
どうせお互い先のない命、少しでも安らかな時をすごしたいと思ったドア側のベッドの男は、自分は眠っていたということにして、窓側のベッドの男を見殺しにした。 窓側のベッドの男はそのまま死亡した。

晴れて窓側のベッドに移動したドア側のベッドの男が窓の外に見たのは、
打ちっ放しのコンクリートの壁だった。

2015年7月27日月曜日

壁を感じる時

普段は友人として普通に接している連中相手でも、みんなで飯を食いに行く時とか特に壁を感じる
俺が「そろそろ行こうぜ」って言っても、みんな「うんそうだねー」って感じで
全然動き出さないけど、他の誰かが「行くか」って言うと動き出す
俺がいなくても何事も無いかのように進むけど、他の誰かが欠けてると
そいつに連絡取ったり待ったりする
俺以外の奴が財布を取りに行ったり便所行ったりするとみんなそれを待つけど、
俺が靴ひも結んでたりしてても完全無視でみんな先に行く
どの食堂に行くかという話で俺の案は採用されない
食べ始めるのはみんなが席につくまで待つのが基本だけど、俺が最後のときは
みんな既に食べ始めている
食後、普通は食器を全員が片付けるのを待ってから食堂を出るのだが、
俺が最後のときはみんな先に帰り始めている
横に並んで歩いている時、俺の両隣りが徐々に迫ってきて遂には俺は後ろへ
追いやられて、みんなの後ろをトボトボ歩く羽目になる
誰かが購買に寄るとみんなついていくが、俺が行くときは誰もついてこない
これらの行為は作為的なものではなく、無意識なものだと思う
みんなが特に俺への接し方に差をつけてるのではなく、
ただ俺の存在や影響力が薄すぎるだけなのだろう
たぶん、俺だけこんな空気な扱いになってることにも気付いてない気がする
みんなのことは憎くないけど、自分の不甲斐無さが憎い
こういうことが続くと、一人が楽だなーって思う

2015年6月4日木曜日

中学時代の昼休み

中学時代の昼休み
俺「…ポツーン」
女子数人「ジャンケンポン!キャー負けたー!」
ジャンケンで負けたらしき女子が近付いてくる
負けた女子「えー本当に言うのー?」
取り巻き「キャハハ早く言いなよー。せーの。」
負けた女子「友達になってくれませんか?」
俺「???」
負けた女子「もーヤダー!サイテー!」
取り巻き「キャハハ○○(俺の名前)君喜んでるよ。もっかいちゃんと言ってあげなよっ」
負けた女子「マジキモいんだけどー」
俺「・・・。」